2016年7月23日土曜日

経済官僚育成講座-三島由紀夫(1)

 経済官僚になるために、例えば、通商白書や経済財政白書(旧経済白書)で扱っているデータなどは自分の言葉で説明できる必要はありますが、ここでは経済理論ではなく、経済官僚になるための心構えのようなものを話していきたいと思います。

 よく現役の官僚と話をするときに出る作家は三島由紀夫です。

 私自身、三島の話をすると、経済理論以上の熱が入ってしまい、三島こそが「日本人の経済学」をつくった大功労者の1人だと考えています。
 小説を読むのも良いですが、批評などに目を通すと、かなりの読書量が裏打ちされたものだと納得させられます。

 三島は大蔵官僚でした。大蔵省(現財務省)は税収確保のために日本国内にある資金の流れを完全に把握する必要がありました。現在のような国民の多くがサラリーマンである世界ではないので、その資金の捕捉がかなり難しいものです。

 現在もテロ対策関連法に基づいて、資金の流れに透明性を強化しようとしても、実は深層は根深く、なかなか難しいのです。

 基本的にビジネス・パーソンは定置にとどまらず流れている人が多いいけど、捕捉しやすい層でもあります。しかし、日本と言う国は、「家」というシステムが根付いていて、それは透明化できない深層・宇宙観があり、政治経済にもこの「家」という構造と結託しています。
 これが技術を産み出し、安心社会の土台を作っているのです。
 ですから、「家」=独占業務ではあるものの、それを許容しなければならない社会的構造が我が国にはあるのです。
(世襲反対!と言う人も多くいると思いますが、なぜ世襲=「家」、家業を採用しているのかを、いずれ知ることになります。)

 大衆経済の運営そのものは、江戸時代の経済官僚の例を考察しても貨幣改鋳などの金融政策の運営だけでもなんとか維持ができます。
 しかし、明治維新のような大改革を行うための巨大な資金源は大衆の中にはなく、最上層と最下層の両極に存在するのです。そのため、三島も含めて日本の文学には貴種流離譚があり、三島はその極へ向かう歩行器を大蔵官僚時代に見つけたと推測します。(これは、柳田国男にも通じるものがあります。)